私が尊敬する人は、「いい大学を出た人」や「立派な肩書きを持っている人」ではありません。
本当の意味でその人の人間力が見えるのは、予想外のことが起きた時です。
思い通りにいかない状況の中で、
どんな態度を取るのか
どんな言葉を選ぶのか
誰のせいにするのか、それとも自分の責任として向き合うのか。
その一つ一つが、その人の本質をはっきりと映し出します。
口では綺麗なことを言いながら、行動が伴っていない人。
立場が弱い相手には横柄になり、
権力や影響力のある相手には態度を変える人。
そうした在り方は、その場では得をしているように見えても、
実はすべて因果として積み重なっていくと私は感じています。
「この人は偉いから丁寧に」
「この人は何も言わなそうだから適当でいい」
そんな小さな選択の積み重ねが、
やがて人間関係となり、仕事となり、人生の流れとなって、自分自身に返ってきます。
因果応報は、罰のようなものではありません。
自分が放ったエネルギーが、形を変えて戻ってくる、ただそれだけのこと。
誠実さを向ければ、誠実さが返り、
不誠実さを向ければ、不誠実な出来事として返ってくる。
だからこそ、人は「見られていない時」「得にならない時」ほど、
その人の本当の在り方が問われるのだと思います。
肩書きや立場ではなく、
目の前の一人の人として、どう向き合っているか。
言葉と行動が一致しているか。
そのすべてが、未来の自分への種まきです。
どんな種を蒔くのかは、いつも自分自身が選んでいるのだと、私は思います。












